もし子どもの心の闇が深いようなら、きちんとした治療も受けさせましょう。 ただし、医者やカウンセラーに依存してはいけません。
誰かが治してくれる、と思ってはいけないのです。 言葉は少し悪いかもしれませんが、医者もカウンセラーも「利用する」というぐらいの気持ちでいてください。
子どもの問題を解決するためには、あらゆるものを利用しましょう。 ただし、あくまで最終責任者は親なのです。
時計を修理に出すのとはわけが違います。 親が時間をかけて、心を込めて、できるかぎりのことをしてあげてください。
30代になっても、まだ引きこもっているという場合、はっきり言って、親に愛されていない、という証拠です。 そうなる以前に、治療をするなり、家族全員で生活環境を変えるなり、その子のためにできることがいろいろあったはずです。
たとえば、喘息の子どもを持つ家庭なら、いい空気を求めて一家で田舎に引っ越したりするでしょう。 会社を辞めて、農業を始める人もいます。
そこまでして、子どもの病気を治そうとするのです。 そういう努力をまったくしていないということは、厳しいようですが、子どもに無  関心だということ。

愛の対極にある行為です。 愛の反対は憎しみではありません。愛の反対は無関心なのです。成人に達しても、まだ引きこもっているのは、親が愛しすぎて抱え込んでいるからではありません。その反対。親が無関心で放っているからです。
子どもの心が病んでいるのがわかっているなら、きちんと治療を受けさせること。ただの放任と甘えの結果、親に依存して引きこもっているのならば、「のたれ死んでもいい」というぐらいの覚悟で、外に放りだすことが必要なケースもあります。 いざ放りだされたら、自分でなんとかするものです。
難民キャンプに引きこもりの子はいません。 生き抜こうとする強い意欲が育っていないからです。
確かに今の日本社会全体のゆがみでもあるでしょう。 けれど、社会のせいにしても始まりません。
まず目の前にいる子どもを、心底から愛そうと決意してください。 自分の人生を懸けて、子どもを立ち直らせようとしてください。
ほかにしたいことがある。 仕事が忙しい。
すべて言い訳です。

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